会社概要
シーエム・コズモ合同会社
| 会社設立 | 2008年4月 |
| 資本金 | 3,000,000 円 |
| 代表者 | 代表社員 鈴木 清 |
| 所在地 | 〒530-0055 大阪市北区野崎町6-8 ノース梅田203 |
| TEL | 06-6763-5511 (シークアソシエイト) |
| FAX | 06-6364-0588 |
| URL | http://www.cm-cosmo-llc.e-arc.jp/ |
コンシェルジェの経歴

シーエム・コズモ合同会社
執行社員 森下 温仁
二級建築士、住宅性能評価員、
一級エクステリアプランナー
CASBEE戸建評価員、被災建築物応急危険度判定士(大阪府)他
1989年に高校を卒業して、これといってやりたい事もないまま2年程ぶらぶら過ごしていたのですが、見かねた父親が、『お前は、昔からデザインに向いてるから』と何の根拠もなく言い出し、1991年4月より、大阪デザイナー専門学校の建築デザイン科に入学しました。
建築を通してモノづくりの考え方を学び、徐々にその意義を感じるようになったことで、当時の自分としては、人生における視野がかなり広げられたように思います。(今から思えば、大して広くもないのですが・・・。)
特に勉強になったのが、建築家の久保清一先生の事務所にて、アルバイトをさせて頂いた事です。建築の楽しいところや、厳しいところ、その他の本当に貴重な体験をさせて頂きました。この時期に感じたモノづくりに対する考え方が、今もどこかに残っているように思います。卒業後の1993年4月、最初に勤めたのは、主に診療所の設計・施工をする小さな会社でした。
若い者にも色々な仕事を任せてくれるという事で、専門学校の先輩にご紹介いただいたのですが、ここの社長は、『建築学校出とったら何でも出来るやろ』が口癖で、本当に何でも任せてくれる人でした。設計部として入りましたが、製図をするよりも、工事の見積りとトラックに乗って現場を廻り、監督をしている時間の方が長かったような気がします。(監督といってもほとんど大工さんの使いっぱしりですが、)
社長は元々建築が専門ではなく、ご自身曰くは「見ヨウ見マネで建築現場を覚えていった」そうです。当時、私が憧れていた建築設計一筋に生きていた方々とは、全く違うタイプの人でしたが、吸収できる事も多く、自分なりに頑張る事が出来ました。
運良く、その会社の顧問が構造設計者で、最低限の安心感もあり、のびのびと仕事が出来る環境でもありました。
入社後1年ほど経った頃に、初めて住宅に携わる機会を頂きました。木造2階建ての動物病院併用住宅の新築で、40坪程のものです。お施主様には、社会人2年生である私が担当する事で、大変なご心配をお掛けしていたはずなのですが、『ウチの家で勉強してくれたらいいから、全力でやってくれ』と仰ってくれました。お酒の席でしたが、そんなお言葉を聞いたらもう必死になるしかありません。台風が直撃したり、あの阪神・淡路大震災が発生したりと色々ありましたが、ご年輩の棟梁が何かと頼りになる方で、実際に良い勉強をさせて頂けました。
最後は、お施主様にもご納得いただいた事で、私なりに自信を持つ事ができ、住宅の仕事をして行きたいと思う契機となりました。その施主様は、腕利きの先生で、病院は開業直後からずっと、患者様(患犬?)で溢れております。今も実家の愛犬がお世話になり、診察料も『お友達価格』のようです。感謝しかありません。1995年9月、住宅の仕事がメインの設計事務所に転職しました。前の会社の顧問に、住宅の設計がしたい旨を伝え、ご紹介いただく事ができたのですが、意図されての事か、その事務所は前の会社とは真逆で、上司は何でも自分の目を通さないと気のすまない方ばかりでした。
少々窮屈な感じもありましたが、自己流な部分の多い図面を描いていた自分には、ちょうど良かったように思います。その事務所は住宅がメインというものの、所在する市の指定業者でもあったので、住宅の他に、消防署や球場の観客席、民間企業様の仕事でも酒蔵、写真スタジオといった珍しい用途の物にも携わる事ができ、本当に良かったと思っております。ただ、所長が受注活動をしていたのですが、まあまあの資産家で、あまりどん欲に仕事を取りたいという感じではありませんでした。1999年に入って徐々に仕事が減ってきて、世間でも工務店等の倒産が目立つようになった頃、所長より『もう事務所を閉めようと思う。』と告げられました。その廃業した事務所でやり掛けていた仕事を、1件だけですが継続してご依頼いただいたので、とりあえず雑居ビルの一室に、自分の事務所を構えたのが1999年9月のことです。その後の受注見込みは何もないので、決して独立したとは思っていませんでしたが、幸いその後も色々な設計事務所の下請けとして仕事をいただくことができ、それぞれのやり方を見せていただいたこともあり、大変有難い時期を過ごす事ができました。
その中でも、師事したいと思った『建築家』もおられたのですが、どうも自分の場合は、設計だけしていても社会的意義のある仕事が出来るようには思えず、納得できる仕事をいつも模索しながら下請け屋を続けました。当時流行のモラトリアム型フリーターといったところでしょうか。2001年に入り、たまたまのご紹介で不動産業者の開発する分譲住宅の設計の仕事をいただき、住宅を一次取得される方のお話を、多数お伺いする機会に恵まれました。不動産業者が同席しながらの打合せは初めてのことで、何かともめる事も多かったのですが、新鮮に感じることも多かったです。彼らの名刺には、ハウジングアドバイザーとあり、当時は、『金の事しか考えてないこの人らに何のアドバイスが出来るんや』としか思ってなかったのですが、契約されるお客様の大半は、そんなセールスマンでも頼っておられる事に気付きました。確かに彼らは、設計者の立場とは違う発想のアドバイスをされます。(無茶苦茶なアドバイスも多いですが、)
その時の気付きとして、設計事務所に与えられた業務範囲を超えるアドバイスをしていく必要性を感じました。以来、設計事務所を開設している仲間と住宅業界に関する勉強会を開くようになり、また、積極的に不動産業者とも交流をするようになりました。2005年2月、永遠の下請け屋からの脱却を目論み、契約社員として某大手不動産会社にて、住宅販売の仕事を経験させて頂きました。これまでの設計・監理、現場監督の仕事だけでは、知り得ない住宅産業界の常識(非常識?)、良くも悪くも実態を、生身で知る事ができ、この頃から、住宅の取得を目指す方々に対して、ようやく思っていたようなバランスの良いアドバイスが出来るようになってきたように思います。2007年7月退職。
2007年7月、以前より開催していた勉強会が発展して、住宅取得に関する初期段階のご相談からご入居以降もサポートが出来る組織を目指し、シークアソシエイツを発足しました。現在5つの個人事務所が参画しております。2008年1月、 シーエムコズモ合同会社の設立に参画しました。
二十歳のときに、建築デザイン科を選んだのが色々な縁の始まりで、出会えた先生方、お施主様、一緒に仕事をした仲間、時には言い争った方も含めて感謝しております。
本当に私は幸運だと感じます。シークアソシエイツのメンバーに出会い、シーエムコズモ設立のメンバーとも出会え、そしてこの住宅CMサービスにも出会えました。
なんとなくの将来の夢ですが、このツキを活かして常に向上し、変わり行く時代に取り残されることなく、良いものは残し伝え、あらゆる住まいのよろず相談を承れる、健康なおじいちゃんになりたいと思っております。
『 シーエムコズモ合同会社設立コンセプト 』
以前より設計と施工とのかかわり方について、少なからず疑問を抱いていました。
設計者は施工業者を意のままにできるがごとく振る舞い、先生然としている。
一方、施主に対しては低姿勢である。施工者は利潤追求に神経を注ぎ、できるだけ余計な時間をかけず、変更による時間のロスを嫌う
施主は自分の考えを全て伝える方法が見つからず、仕方がないと、運任せになる。
設計者は自分のデザインに対して責任があるなら、仕上がりに対しても責任があるはず。
できるだけ作り手(施工者)に理解できるように表現すること。
そのための時間を惜しまないことが肝心です。
元来 設計と施工は 表裏一体なもので、建築が完成するまで、設計は変更が加えられる。
其の都度、施主、設計者、施工者 3者が協議しあいながら徐々に完成に近づけてゆく。
ここにはもはや差別するものはなく、全員が同じ価値観で希望にかなったものに仕上げてゆく作業があるだけです。そんな折、CMr(コンストラクション・マネジャー)の人たちと知り合いCMの意義、理念に共鳴し、共感する8名でシーエムコズモ合同会社を設立。現在さらに4名が参入し、ますます設計と施工の密接な関係の構築発展に専念、そしてそのマネジメントの重要さを感じています。
分野を超え協調していけるため、常に意見交換し相手の立場を理解できる姿勢を維持し続づけることがCM(コンストラクションマネジメント)の主な仕事と考えています。







